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エッセイ

ワイワイたすけ合い 「7.をびやほうその許しは親心のたまもの」 その1

7.をびやほうその許しは親心のたまもの
 
 親にもたれて人事を尽くそう

をびや許しは親心のたまもの

 をびや許しとは「人間宿し込みの元の場所である『ぢば』から出される安産の許しのこと」(①②)です。をびや許しを、一言で言うと「親心のたまもの」と私は思います。

 親神様教祖は、子どもである私達人間が、本当にかわいいので、数ある病、難儀の中でも、先ず一番に、お産と疱瘡(ほうそう)(天然痘)のたすけを出されたのです。今でもお産は一歩間違えれば命取りですが、嘉永7年(1854年)をびや許しを始められた頃、お産は母子の、疱瘡は子どもの、「命懸けの関所」(③)と言えたのです。

みかぐらうた』5下り目二ッに、
  ふしぎなたすけハこのところ
  おびやはうそのゆるしだす
とあります。まさにその許しとは、創造主にして守護主である、元なる親が懐から出す許し、人間創造と守護の原点(かんろだい)で、をびやづとめをして出される許し、ご存命の教祖のお膝元(御用場)で頂く許し、よろづたすけの道あけとして救済布教の第一に出された許し、人間の今生の創造・誕生の許し、このたびの子どもの親となれる許し、などの根元的な守護であると、私は思います。

 また、疱瘡の許しは、「現在においては、お守りの小、即ち子供の頂くお守りにこの理をお付け下されている」(③)。をびや許しもお守りも、願い出れば誰でも頂けます(①)。将来、妊娠されて六ヵ月目に入ったら、自分のためでもありますが、お腹の赤ちゃんのためにも、是非をびや許しを頂いて下さい。お守りも、まだもし頂いていない方は是非頂いて下さい(①)。ちなみに私は、幼い頃より弱虫でしたが、お守りさえあれば、お化け屋敷も、長じて看護師になって、一人で夜、霊安室にご遺体をお運びする時や、初海外で学会発表(論文の丸暗記分しか英語は話せず)の時も、怖さに何とか耐えられました。お守りを身につけているということは「教祖と一緒」ということだと思うからです。

【参考文献】①『はじめてシリーズ―④ をびや許し』天理教道友社(1995)
【参考文献】②『―お母さんになるあなたへ―命をはぐくむ』天理教婦人会(2004)
【参考文献】③上田嘉成『おかぐらのうた』天理教道友社(1994)

 

夫婦揃うて物種へ

 さて、未だ独身の私が言うのも、おこがましいですが、皆さんも是非結婚しようとして下さい。若い頃は、やりたいことや夢や自己実現で忙しいかもしれません。しかし、年月は予想以上に早く過ぎ、恋はなかなか成就しません。夢は、結婚や育児後もきっと追えますので、常に出会いに積極的であって下さい。読みの甘かった先輩からの真実の忠告です。

『みかぐらうた』十一下り目二ッに、
  ふうふそろうてひのきしん
  これがだいゝちものだねや
とあります。物種とはすべての不思議なご守護を頂く根本の種(③)のことです。この物種が欲しいと思いませんか? 一人ではできないことも、夫婦二人が心を揃えればできることがあり(例えば子ども)、男女の違いを持つ表裏二方向からの働きかけでできること(例えば育児)もあると思うので、結婚は大事でしょう。私も、最期まで、パートナーを探そうと思っています。そうすれば、来世はその人と、もっと長く夫婦でいられる、種まきになると思うからです。

 それと忘れてならないのは、性染色体や生殖器の先天性疾患や性同一性障害の方々のことです。私は、圧倒的少数派の孤独に耐えたり、愛する人のために、想像を絶する心身の痛みに耐え肉体改造術を受けていた人々に、身近に接して、その努力に、同じ人間として、心から敬服します。そしてそれらの人々にも、今生(来世も)、よきパートナーが見つかることを願います。

 私の理想は、年齢も性別も人種も身心や社会的なハンディキャップも様々な人々が、血の繋がりがあろうがなかろうが「家族」と言える家族です。もし実現したら、うっとうしくて個人の気楽さが恋しくなってしまうのかもしれませんが、いつの日か、いつの世にか、必ず叶えたい私の夢です。

 

子どもは親神様からの預かりもの

 結婚し夫婦となっても、二人の実子が授からないこともあるかもしれません。寿命のある人間にとって、自分と自分の好きな人の子や孫が、一人ずつでもいいから欲しい、そして、できれば自分の志を継ぐ者(後継者)であってほしいというのは、誰しも持ちうる望みなのかもしれません。いわば、親子は互いを新旧の分身のように思う所があるのかもしれません。

 しかし、『おふでさき』に、
  をやこでもふうくのなかもきよたいも
  みなめへくに心ちがうで   五 8
おさしづ』に、
  子多くて難儀もある、子無うて難儀もある。…これ皆前生のいんねんである。…一つの小人のあたゑという。
  一つの真実定め。子無うて一つのたんのうありて、一つのたんのうという。(明治21・2・15)
と、あります。子どもは、自分のものや分身ではないようです。実子も、義理の子、里子、養子も、理の子も、親神様から授かった大切な預かりもので、どの親子もご縁を喜び、一生懸命よい親子であろうとすることが大切なようです。

 (草場直子 2008年8月発行『ウィズ・ユゥ』vol.31 より)

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