ホーム > ワイワイたすけ合い > ワイワイたすけ合い 「3.生きる姿がひのきしん」 その1

エッセイ

ワイワイたすけ合い 「3.生きる姿がひのきしん」 その1

3.生きる姿がひのきしん 

 骨髄バンクや献血に協力しよう 

 
白血病の方からのメッセージ

 約25年前、ある病室で、その方は「死にたくない! 死にたくない!」と言いながら、亡くなっていきました。5階の病室の窓から西日が差しこんでいて、彼の傍らには、蒼い顔をした若い妻と、手を引かれた可愛い仕草の幼い娘が立ちすくみ、主治医は大粒の涙と汗を彼に降らしながら心臓マッサージをしていて、看護学生だった私は、その方の足元でただ見守るしかできませんでした。

 その方は白血病で、私は数ヵ月前にその方の受け持ちになり、その最期(さいご)にまで呼んで頂き、解剖にも立ち会わせて頂いたのでした。

 その方の没後、私はしばらく茫然(ぼうぜん)とした日々を過ごしました。可愛い娘や愛する妻を遺(のこ)し、まだ30代で逝(い)かなければならなかった彼の無念の深さと、「死にたくない」という思いに対して、何もしてあげることができなかったすまなさに捕らわれたのです。

 しばらくしてやっと「生きたくても生きられなかった人のためにも、一生懸命生きよう、そしていつか彼の遺志に、少しでも報いることのできる人になろう」と思いました。今思えば、10代で、看護学生ででもなければできない、貴重な体験をさせて頂いたと感謝しています。

 そしてこの方との関わりは、私に、初めての献血に行く勇気をもくれました。彼が、生きるために懸命に輸血を受けていたからです。「あの人のために」という具体的な対象があると人は頑張れるものです。その対象がなくても献血に行かれる人は、想像力と人間愛の豊かな人だと敬服します。

 医療の現場では、多くの患者さんが輸血によって頬に赤みがさしたり、血圧や命が甦(よみがえ)る姿を目にします。からだだけでなく心も、輸血してくれた人からのパワーを貰って頑張っておられる姿を目にします。どうぞ勇気を出して献血にご協力下さい。

 

骨髄バンクとの出会い

 時は流れて1988年、病院で「翼をください」という骨髄献血登録と公的骨髄バンク実現を訴えるポスターを見た時、あの白血病の患者さんの最期が甦りました。あれから約10年の歳月が経っていました。それまでは、「白血病は完治しない。緩解(かんかい)(病気が落ち着いている状態)に持っていくのが精一杯の病気」と思っていましたが、ポスターを見ていて、「白血病を根本から治す道が開けた。これでやっと彼の思いに報いる方法ができた!」と思いました。

 早速、資料を取り寄せ、骨髄献血希望者登録をしました。当時はまだ全国規模の公的バンクはなく、私的な「名古屋骨髄献血者を募る会」から、民間の「東海骨髄バンク」「全国骨髄バンク推進連絡協議会」と、登録先は転々としながら、しかし、少しずつ大きくなっていきました。その間、患者、家族、医療関係者の方々の努力は並々ならぬものがありました。

 一方、公的バンク設立を夢見ながら亡くなっていく白血病患者さんの話も数々耳にし、焦る気持ちや、「もしかすると社会は動かせないかもしれない」という不安の日々もありました。署名を集めたり、募金をしたり、登録の勧誘をしたりすることが、不安に打ち勝つ方法でした。私は本当にささやかなことしかできませんでした。でも私の背中を、「死にたくない!」と言いながら、亡くなっていった患者さんの姿が、後押ししてくれたので、あきらめませんでした。

 1991年、厚生省の「財団法人骨髄移植推進財団」の設立認可がおり、1992年、全国の日本赤十字血液センター「骨髄データセンター」で、ドナー登録検査開始になった時は、「やっと国の機関になった」という喜びが湧いてきました。

 良いことでも、それを実現させるのには、時間や手間がすごくかかることをこの時学びました。そしてそれはおそらく骨髄バンクだけではなく、この社会の良いしくみは、自然とできてきたものはなく、それに携(たずさ)わった先人、当事者達の、血の滲むような努力の賜(たまもの)なのだろうなと思いました。当事者が声を上げなければ、悲しいかな、社会は気づけません。もしも何かの当事者、関係者、賛同者になったら、勇気と根気を持って、社会変革に、たとえ、小さくても、その手、その声を寄せましょう。それが、たとえば、志(こころざし)半(なか)ばにして逝った人の命や意思を生かすことにもなると私は思います。

(草場直子 2006年8月発行『ウィズ・ユゥ』vol.17 より)

 

ワイワイたすけ合い「3.生きる姿がひのきしん」その2はこちら

小冊子『ワイワイたすけ合い』の紹介ページはこちら

ホーム > ワイワイたすけ合い > ワイワイたすけ合い 「3.生きる姿がひのきしん」 その1

このページの先頭に戻る