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エッセイ

それぞれの風景 「親の願い」

 過日、10代の女性たちの集まりがあり、「あなたにとって大切なものは何?」と質問してみた。答えの多かった順に言えば、彼氏(恋愛)、友達、家族(両親)、仕事という具合であった。
 では親の意見はどうだろう。ある教育機関が行った調査で、親を対象に、子供の将来への期待について聞いたところ、「経済的、人間的に自立してほしい」「やりたいことを見つけて自己実現のできる仕事をしてほしい」「周囲と仲良く生きてほしい」という項目がそれぞれ80パーセントで、ひたすらに子の行く末を願う親の気持ちが表れていた。一方、親のために何かしてほしいという期待は、数パーセントに過ぎない。
 日頃、そのような親の年代にあたる方々の信仰の姿を見て感じることがある。毎朝1時間かけ、歩いて日参される方、主人に死別し幼い子を抱え、2つの職場をかけもちしながらも、休みの日に教会のひのきしんを欠かさない方、朝夕のおつとめ参拝と自宅で十二下りのおてふりを日課にする方など。その方々と接して思うのは、何か自分のことを願ってそうしているというより、わが子の幸せを願う気持ちが支柱になっているということである。いわば、わが子の幸せが自分の幸せとなっている。
 祖母の代からの信仰を受け継ぐAさんもその1人。数々の大きな病気や事故、家庭事情に出合うが、そのたびご守護を頂いてきた。いつも笑顔を絶やさないAさんは「親神様に護(まも)られて今がある」が口癖である。Aさんと話をしていると、太陽の日差しをいっぱいに受けるひまわりに向き合っているようで、こちらの気持ちも明るくなる。しかし、時折、そのひまわりが頭をたれてしぼんでしまうことがある。それは信仰に心を向けない1人息子の話になる時である。「母さんは母さん。俺は俺。だから俺は信仰はしない」。今日も言われてきたと溜息をつく。
 人生は、まさかと思うことの連続。息子もいろいろな山坂を通るだろう。Aさんは自身のいんねんを振り返り、だからこそ、「息子にも、教祖の教えを生きる拠り所にしてほしい。そうでなければ、息子の将来が心配でならない」と言う。信仰の話は何度もしてきたが、そのたびに「母さんは母さん。俺は俺」で話が終わってしまう。
 そんな息子さんに縁談話が持ち上がった。これを機にAさんは「母親として責任を果たしたい」と、その理づくりを思い立った。「息子に伝えられない分、人様にお伝えしよう。にをいがけに歩いて、別席にお連れしよう」と心定めをした。毎日、年老いた身で家々を回った。3ヵ月後、1人の婦人ににをいがかかった。おぢば帰りの約束もできた。喜んだその顔は、まさに満開のひまわりだった。
 ところがおぢば出発の前日、Aさんは自転車で転んで足を骨折し病院に運ばれたのである。勇み心が一転し、「これでおぢばも行けない。折角、にをいがかかったのに…」と自分を責めるAさんに慰めの言葉をかけるが、いつもの笑顔はなかった。しかし数日後、病室を訪ねて驚いた。ひまわりの笑顔で迎えてくれたのである。しかも「有難いです」と私の手を握って離さない。どうしたんですか、と思わず聞くと、笑顔の理由はこうであった。
 昨日、着替えを持って来てくれた息子さんがポツリと、
「母さん、天理に行きたいんだろ」
とベッドの母親の顔をのぞき込んで言った。
「その足じゃ、1人では無理だから、俺が車で連れて行ってあげるよ」
 何度誘っても断り続けた息子が、自分から一緒におぢば帰りをすると言った。「有難い」と握る手は一層強くなった。
 退院後、別席者を連れておぢばへ帰り、息子さんは初めてのおぢばに感激し、3人で廻廊拭きのひのきしんもしたという。
 現在、Aさん、息子さん、そして結婚した奥さんと共に、教会へ足を運ぶ。息子さんは、毎日会社へ行く前、自宅に祀(まつ)る神様への参拝を欠かさない。お供え物の上げ下げは若奥さんがしている。1つのひまわりは3つに増えたのである。
 親神様は、「息子に信仰を伝ええたい」というAさんの願い通りのご守護を下さった。一旦は心を倒した骨折も、息子の信仰の芽を吹かせる「ふし」だったのかもしれない。
「幸せになってほしい」。
 わが子を思う親の願い。それは、きっと親神様(をや)の願いでもあるにちがいない。

(加藤元一郎 『ウィズ・ユゥ』vol.25より)

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