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エッセイ

それぞれの風景 「お母さんのようになりたい」

 ある家族の話を書こうと思う。母親と23歳になる娘の2人家族で、娘さんは幼い頃から親に連れられ教会へ通い、講社祭にも揃って参拝している。2人は姉妹のように仲が良く、いつも明るく楽しそうである。しかし、ある時娘さんが「数年前までは、心の中で、ずっと母に反発していたように思います」と言うので、仲の良い姿しか知らない私は驚いたことがある。
 娘さんがまだ小さい頃から、母親は近所の登校拒否の子、帰りの遅い母を待つカギっ子たちなどを預かって面倒をみていた。実は、それが彼女にとって母との壁になったという。学校から帰っても、いつも知らない子たちが母親を独占していた。高校に進む頃には、家に来るのは子供だけではなく、悩みを持つ大人たちも来るようになった。彼女は「私だけを見て」という思いを募らせるが、それを言いだすこともできず、そのことが、母親に対する反発の気持ちに変わっていったという。
 だが彼女は、今、「お母さん、大好き」と言う。その心の変化の理由を訊(き)いた。
 彼女が高校を卒業する頃、些細なことから「他の人たちの方が大事なんでしょ」と母親に逆らったというのである。「ごめんね」と謝る母親に、これまでの不満も手伝って、「なんで、そこまでして人のことを一生懸命しなきゃいけないの」と強い口調で言い返してしまったらしい。その時母親は彼女の手をとり、自分の思いを話してくれた。
「あなたは、いずれ結婚し、子供を産んで母親になる。お母さんにとって大事な娘だから、悩む時は相談にのってあげたいし、困った時は助けてあげたい。ずっと、そうしてあげたい。でも母1人娘1人。いずれお母さんも年をとって弱ってしまうかもしれない。あなたのために何かしなくちゃと思って、それで、あなたが、将来、人に恵まれて、周りの人たちに大事にされて愛されるようになるためにと思って、今の内から困っている人や悩んでいる人の力になって、徳を積ませてもらおうと思ったの」。そして「ごめんね」と繰り返した。
 初めて聞くその話に驚き、涙が止まらなかったと、彼女は泣きながら話してくれた。
 子供を愛さない親はいないと言うが、母親の愛情の深さをあらためて気付かされた思いだった。母親であれば、わが子が生まれた時から付きっきりの世話をする。数時間置きに乳を飲ませ、おむつも日に何度も変える。泣きだせば、夜中であろうが抱いてあやし、それが一晩中なんてこともある。泣き方がおかしかったり、ちょっとした便の色に神経をとがらせて心配をする。
 私の娘が小学1年生の頃、我が家でこんなことがあった。夜中に布団を蹴飛ばしていた娘に気付いた家内が「風邪ひくよ」と言っては、何度か布団を掛けてやっていた。翌朝、娘に「夜中、何度もお母さんが布団を掛けていたの知っているか」と尋ねると、「ぜんぜん、知らない」と他人ごとのように言った。その時に私はあることに気付かされた。
 寝ていたのだから、覚えていなくても当然ではある。だが、たとえ「親の心子知らず」で親の心に気付かなくとも、親は子供のために手を差し伸べ、抱きしめて、常に心をかけ続けて守る。
 親神様のお働きを思った。子供である私たちの目が見えるように、物が食べられるように、手足が動くようにと、片時も休まずお働きくださっている。また、暗闇に行こうとする私たちを案じて「そっちに行ってはだめ、こっちだよ」とお導きくださる。「風邪ひくよ」とそっと布団を掛けてくれるように、日々、お護りくださっているのである。だが、子供である私たちは「そんなの知らない」と、その親心を気付かずにいることはないだろうか。
 その娘さんは、母の愛情に気付いた。
 先日、彼女は私に言った。
「お母さんのようになりたい」。
 そばにいた母親の嬉しそうな顔が忘れられない。
 親を喜ばせることができるのは子供だけ。この親子に、そう教えられた気がしたのである。

(加藤元一郎 『ウィズ・ユゥ』vol.24より)

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